マンガ 40年以上にわたるDRAGON BALLの歴史の中で、IPの運命を変えた決定的瞬間を7つ選びストーリー形式で深掘りする。
「ドラゴンボール」は鳥山明の前作「Dr.スランプ」(1980〜1984年)に続く第2作。「Dr.スランプ」はギャグマンガで大成功したが、鳥山はアクション・冒険に挑戦したいという意向があり、担当編集者・鳥嶋和彦が「西遊記をベースにした少年冒険譚」を提案した。
連載当初は「七つの不思議な玉を集める冒険」というコンセプトで始まったが、読者アンケートの反応から格闘シーンへの需要が明確になり、天下一武道会編を経て「格闘マンガ」へと方向転換。このピボットが、DRAGON BALLを「格闘アニメの原型」にした。
連載開始から1年3ヶ月でTVアニメ化。東映アニメーション制作、フジテレビ放映のパイプラインは、この時点で確立され現在まで40年間変わっていない。
東映アニメーションとフジテレビのパートナーシップは「鬼滅の刃」「SPY×FAMILY」など他作品で出版社・製作委員会体制が普及した後も、DRAGON BALLだけは「東映+フジテレビ」という独自ルートを維持している。これが「スポンサー方式(製作委員会なし)」という稀有な構造を生んだ。
TF1(フランス最大の民放)でDRAGON BALL Zが放映され、フランスで視聴率40%超を記録。当時のフランスの子どもたちにとって「アニメ=日本=ドラゴンボール」という認識が定着した。
スペインでも同時期に社会現象化。中南米(ブラジル・メキシコ・アルゼンチン)でもスペイン語吹替版が拡大。この世代が現在40〜50代になり「親から子へ」の伝承サイクルを作っている。フランスでの累計4,000万部超(ONE PIECEを超える)はこの1989〜1991年の社会現象が起点。
10年11ヶ月の連載が完結。当時の読者数は鳥山明の証言では「400万部くらいかな」(2014年インタビュー)と控えめだが、実際の週刊少年ジャンプの発行部数ピーク(1995年3月号: 653万部)を支えた最大のドライバーの一つ。
連載終了は終わりではなく「IPの永続化の始まり」だった。東映アニメーションとバンダイは「連載終了後にIPをどう維持するか」の新しいモデルを模索し始め、劇場版・ゲーム・グッズを軸にした「連載終了後のIP維持モデル」を確立した。これが後のDRAGON BALL GT・Dragon Ball Super・DAIMA等へつながる。
20th Century Fox制作の実写版「Dragonball Evolution」が公開。Rotten Tomatoes 14%、全世界5,795万ドル(予算5,800万ドルに対して赤字水準)。鳥山明自身が「ファンの皆さまに申し訳ない」と謝罪文を寄稿した。
この失敗が逆に「バードスタジオの監修権強化」につながり、2015年以降の劇場版では鳥山明が原作・脚本に直接関与することが条件になった。「失敗から学んだ権利管理の厳格化」という教訓事例として業界に語り継がれている。
鳥山明が直接脚本を担当した劇場版「BROLY」が全世界1.35億ドルを記録。北米単独での日本アニメ映画興行収入歴代1位(当時)。Funimationと東映の直接タッグによる北米マーケティングが奏功した。
2009年の失敗(EVOLUTION)から9年。「監修権を取り戻した鳥山明×東映×バンダイナムコの連携」が世界興行を達成した。この成功で「日本アニメ映画が北米で1億ドル超を狙える」という前例を作り、以降のマンガ劇場版の海外戦略に影響を与えた。
Dragon Ball DAIMA制作の最中、急性硬膜下血腫により逝去。世界中のファンがSNSで追悼の意を表し、X(Twitter)「鳥山明」がトレンド世界1位に。フランス・スペイン・ブラジルなど各国のメディアがトップニュースで報道した。
DAIMAは鳥山が生前に書き上げた原作・設定をもとに東映アニメーションが完成させ、2024年10月放映開始。「作者亡き後もIPが存続する仕組み」を確立したIPとして、DRAGON BALLは業界の参照先になった。バードスタジオ(鳥山の個人スタジオ)が遺族によって維持され、今後の監修体制が継続される。