音楽 YOASOBIの運命を変えた7つの決定的瞬間を、ストーリー形式で深掘りする。「ソニーが投稿サイトを作った日」から「日本語曲が世界チャート1位になった日」まで。
2017年10月30日、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)はmonogatary.comという小説・イラスト投稿型SNSサービスをローンチした。「ストーリーエンタテインメントプラットフォーム」を掲げ、ユーザーが自由に短編小説を投稿できるサイト。
これは音楽会社の事業として極めて異例だった。当時の小説投稿サイトは「小説家になろう」「カクヨム」(KADOKAWA)等が市場を支配しており、投稿小説のビジネスモデル(書籍化・アニメ化)は出版社の独壇場だったからだ。
ソニーがmonogatary.comを作った真の目的は「自社グループ内の音楽・映像制作能力に、原作IPのタネを供給する垂直統合インフラを作る」という長期戦略だった。当時の責任者・屋代陽平は「投稿された小説を、ソニーグループの音楽(SMEJ)、アニメ(アニプレックス)、映画(ソニー・ピクチャーズ)のどれにも展開できるハブにしたい」と語っていた。
monogatary.com運用2年目の2019年、屋代は「投稿小説の優秀作を音楽化する」というアイデアをAyaseに提示。これがYOASOBI結成の起点となった。
YOASOBIのボーカルikura(幾田りら)は、結成のためにオーディションで選ばれたわけではない。AyaseがInstagramで偶然見つけたのが起点だ。
2019年中盤、ソニー・ミュージックの屋代陽平から「monogatary.comの小説を音楽化する企画」のオファーを受けたAyaseは、ボーカルを誰にするか悩んでいた。当時Ayaseはボカロプロデューサーとして活動しており、人間ボーカルでの楽曲は1つも持っていなかった。
ある日、Ayaseはinstagramであいみょん「君はロックを聴かない」のカバー動画を見た。歌っていたのは当時18歳の幾田りら。声の透明感、表現力、テクニックが一目で気に入ったAyaseは、YouTubeチャンネルもチェックした上で直接DMを送って「一緒に音楽をやらないか」と連絡した。
幾田りらは、2歳から3歳まで米国シカゴに住み、小学生で初めて作曲、中学生で初コンサートを開いた早熟なシンガーソングライター。当時すでに「ikura」名義でソロ活動をしていたが、Ayaseの誘いに応じてユニット結成に参加した。
2019年12月15日、YOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」がストリーミング限定でリリースされた。CDは発売せず、YouTubeとSpotify・Apple Musicのみでの展開。業界関係者の多くは「無名の2人組のデビュー曲をCDなしで売り出すのは無謀」と見ていた。当時の日本市場はAKB48やK-POPの特典付きCDが頂上を独占していたからだ。
しかしリリース後、楽曲はSNS(特にTwitter・TikTok)で爆発的に拡散した。メロディの強さ、物語性の深い歌詞(原作小説「タナトスの誘惑」を読みたくなる)、映画的なMV、TikTokの「歌ってみた」「踊ってみた」動画の連鎖が重なった。
結果: 2020年6月15日付のBillboard Japan Hot 100で1位獲得。通算6週1位、2020年年間チャート1位。CDを持たないシングルでのBillboard Japan年間1位は史上初の記録。
これは日本の音楽業界に「CDなしでもチャート1位は取れる」というメッセージを発信した。AKB48が長らく支配してきた「特典付きCDで売上を作る」モデルが、ストリーミング時代に正面から挑まれた象徴的な瞬間。
2020年11月、TVアニメ『BEASTARS』第2期のOP主題歌として、YOASOBIの新曲「怪物」が発表された。通常のタイアップなら「アニメに合った既存曲を選ぶ」か「アニメの世界観に合わせて新曲を書く」が定石だが、YOASOBIとBEASTARSのコラボはまったく違う設計を取った。
「怪物」のために、BEASTARS原作者・板垣巴留が小説を書き下ろした。
タイトルは「自分の胸に自分の耳を押し当てて」。漫画家である板垣が漫画ではなく小説を書いたのは初めてだった。彼女は「YOASOBIの楽曲制作のために、レゴシ(主人公・狼)の心情を文章化する」という未経験ジャンルに挑戦した。Ayaseはその小説をベースに「怪物」を作曲した。
これは「楽曲のために原作小説を書く」という逆方向のメディアミックス。通常は「人気漫画→アニメ化→楽曲タイアップ」の順序だが、このコラボは:
という5層のメディアミックスを組成した。さらに「怪物」のMVは『BEASTARS』のアニメ制作を担当したスタジオ・オレンジが手がけており、アニメとMVのシンクロが「MV単体で芸術作品として成立する」完成度を生んだ。
2023年4月12日、TVアニメ『【推しの子】』第1期のOP「アイドル」が配信リリースされた。赤坂アカ・横槍メンゴ原作(週刊ヤングジャンプ連載)のアニメ化で、第1話90分特別編が配信即日で世界中で話題化。「アイドル」は配信1週間でSpotify Viral Top 50グローバル1位、Billboard Japan Hot 100で1位、1ヶ月でMV YouTube1億再生突破(自身最速)を記録した。
2023年5月26日、英語版「Idol」が追加リリース。「日本語に聞こえる英訳」と海外で評価され、日本語版と英語版を同時消費するリスナーが増加した。
2023年6月10日付(5月26日〜6月1日集計)のBillboard Global Excl. U.S.(米国除く全世界チャート)で「アイドル」が1位を獲得した。
坂本九「上を向いて歩こう」(1963年)以来60年、宇多田ヒカルや松田聖子等の挑戦も完全な世界チャート1位には届かなかった。「アイドル」がそれを実現したのは、グローバルアニメ配信の時代 + ストリーミング消費 + TikTok拡散 + ソニーグループの世界配信網の組み合わせがあったから。
2023年年間チャートではBillboard Global 200で42位(J-POP史上初のTOP50入り)、Global Excl. U.S.で19位(J-POP史上最高位)を記録した。
2024年4月12日、YOASOBIはコーチェラ・フェスティバル(米カリフォルニア、世界最大級ロックフェス)に出演した。日本人アーティストとしてはYMO・宇多田ヒカル・X JAPAN・BABYMETAL・初音ミクに続く出演。日本語楽曲を中心にしたパフォーマンスで、開始10分で会場の半分以上が埋まる人気を見せた。
同年8月、ロラパルーザ・シカゴに出演。1991年スタートの伝統的米国最大級ロックフェスで、ニルヴァーナやレッド・ホット・チリ・ペッパーズ等のレジェンドが演奏した会場で、日本語楽曲を届けた。
8月の米国ツアーでは:
を含む6都市公演「YOASOBI Live in the USA」を完走した。
これらの世界フェス制覇が示したこと:
YOASOBIのもう一つの興味深い特徴は、メンバー個人がソロ活動を完全に分離して持つこと。
Ayaseはボカロプロデューサー名義で個別の楽曲をリリース(Spotify月間リスナー92.4万人)。幾田りらは「ikura」または「幾田りら」名義でソロ楽曲を多数展開している。
これらはYOASOBIとは完全に分離した契約・収益構造で運営される:
幾田りらは2024-2025年に: