アニメ 40年の歴史で「ジブリの運命を変えた」決定的な10の瞬間を、ストーリー形式で深掘りする。
1984年の『風の谷のナウシカ』のヒット後、宮崎駿・高畑勲・鈴木敏夫らはより自由な制作環境を求めた。徳間書店社長・徳間康快がそれに応え、1985年6月15日にスタジオジブリを設立した。
当時のアニメ業界はテレビアニメが主流で、劇場長編は東映動画など限られた大手のみが手がけていた。出版社が長編アニメ制作スタジオを所有するのは前例がなく、「劇場長編専業」「作家主導」という方針は業界の常識を覆すものだった。
1988年4月、『となりのトトロ』(宮崎駿)と『火垂るの墓』(高畑勲)を2本立て同時公開。配給収入5.9億円・観客動員80万人と、当時の期待値を大きく下回った。スタジオ内では「ジブリの存続が危うい」との声もあったという。
転換点となったのは翌年以降の日本テレビ『金曜ロードショー』での放映だ。繰り返しの放映で『トトロ』は国民的人気作品に成長。「劇場興行が伸び悩んでもテレビ放映で長期収益化できる」ジブリ・モデルの原型がここで成立した。
1996年7月、徳間書店経由でウォルト・ディズニー・カンパニーと世界配給契約を締結。北米・欧州でのジブリ作品配給がディズニーに集中した。
当時、日本アニメの北米進出は限定的だった。世界最大のメディア企業ディズニーがジブリを公式パートナーとして選んだこと自体が画期的だったが、さらに特筆すべきはディズニー側が「作品の改変禁止」という宮崎駿の条件を受け入れたことだ。英語吹替版でも原版尊重の方針を維持し、吹替音声の改変すら制限した。
2001年7月20日公開、国内興収316.8億円(後の再上映含む)で邦画歴代1位。2002年ベルリン国際映画祭金熊賞、2003年アカデミー長編アニメ賞受賞。日本アニメ史上、世界三大映画祭(ベルリン)と米アカデミー賞の両方を獲得した唯一の作品となった。
この作品が公開されるまで、「アニメが邦画最大の興行記録を作る」とは業界関係者の誰も予想していなかった。『鬼滅の刃 無限列車編』(2020年・404億円)が登場するまで19年間、邦画歴代1位として君臨した。
徳間康快(2000年没)後の徳間書店経営問題を受け、2005年4月1日に株式会社化して独立。代表取締役は鈴木敏夫プロデューサー。
この独立で著作権・版権の整理が進み、商品化・海外展開がより機動的に動けるようになった。後に鈴木敏夫は「独立しなければジブリパーク(2022年)は実現しなかった」と語っている。
2014年8月、鈴木敏夫プロデューサーが「制作部門の一時解散」を発表。背景には宮崎駿の引退発表(2013年・後に撤回)、『かぐや姫の物語』の興行不振(制作費50億円超に対し興収24.7億円)、後継者候補の独立(米林宏昌・西村義明がスタジオポノック設立)があった。
これは「ジブリ・モデルが宮崎駿一人を支えるためのシステムだった」ことを業界と世間に知らしめた出来事。制作部門なきジブリはIP管理会社・美術館運営会社として存続する形に変わった。
2018年4月5日、高畑勲監督が肺がんで死去(享年82歳)。代表作は『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『かぐや姫の物語』。
宮崎駿と並ぶジブリ「もう一人の総帥」の喪失。高畑が手がけてきた社会派・歴史派・実験的アニメーション路線が、遺作『かぐや姫の物語』(2013年)で事実上断絶した。ジブリは宮崎駿一人の作家性に最終的に集中する形となった。
2022年11月1日、愛知県長久手市の愛・地球博記念公園内に「ジブリパーク」第1期開園。2024年3月に全5エリア完成。ディズニーランドやUSJのような大型アトラクション型ではなく、「自然の中を散策しながらジブリの世界に入る」体験型パーク。
新作劇場アニメに依存しないテーマパーク型IP収益モデルをジブリが初めて本格的に確立した瞬間でもある。
2023年9月21日に発表、10月6日付で完了した日本テレビ放送網によるスタジオジブリ子会社化。鈴木敏夫が代表取締役会長、福田博之(日本テレビ)が代表取締役社長に就任。
鈴木敏夫は「後継者問題は最大の悩みだった。日テレなら本当の意味で守ってくれる」と語った。日テレは長年の出資パートナーであり、敵対的買収ではなく「友好的な事業承継」としての性格を持つ。
2023年7月14日、宮崎駿監督の長編としては10年ぶりとなる新作を「事前宣伝・予告編一切なし」という異例の戦略で公開。タイトルのみが事前に公表された状態で劇場に映画ファンが殺到した。世界興収は約294億円、米国興収は46.5百万ドル(約65億円)。2024年3月のアカデミー長編アニメ賞を受賞した。
日テレ子会社化直前のタイミングで宮崎駿が世界規模の興行成功を達成したことで、ジブリ買収価値が改めて市場に認識された。