音楽 2005年の観客7人から始まり、2023年のUniversal移籍まで。AKB48というIPの運命を変えた7つの決定的瞬間をストーリー形式で深掘りする。
2005年12月8日、AKB48の最初のライブ「チームA」第1回公演が秋葉原ドン・キホーテ8階の劇場で開催された。観客はわずか7人だった。
秋元康は当時、おニャン子クラブのプロデューサーとしての成功から20年以上が経過し、テレビ業界では「過去の人」と見られていた。彼が描いた構想は奇抜だった:「秋葉原に専用劇場を作り、メンバーが毎日歌って踊る。テレビでも CDでもなく、まず劇場で会えるアイドル。」
劇場のオープン当初、認知度はゼロ。観客は秋葉原の電気街でビラを配って集めた数人だけ。メンバーは涙ながらに踊り、終演後は楽屋で「明日もこのままなのか」と不安を口にした。
しかしこの「ゼロからの劇場常駐モデル」は、後に業界全体を変える革新になる。なぜなら従来のアイドル産業(おニャン子→モーニング娘。)は「テレビを介してファンと出会う」のが基本だったが、AKB48は「物理的に会いに行ける」距離感を商品化した。
5年後、同じメンバーがオリコン1位で連続ミリオン売上を更新する未来は、観客7人の現場では誰も想像していなかった。
2009年7月8日、東京・赤坂BLITZで開催された「第1回AKB48選抜総選挙」は、エンタメ業界の歴史を書き換える発明だった。
仕組みはシンプルだった:ファンが直前のCDに封入されたシリアルコードを使って、次のシングルの選抜メンバーを投票で決める。「アイドルのセンターを大衆民主主義で決める」初の試みだった。
第1回の1位は前田敦子(4,630票)。大島優子は4,049票で2位。前田は涙ながらに「これからもAKB48をよろしくお願いします」と言った。
この仕組みが革命的だった理由は3つある。
まず、「投票」という参加体験がCDの付加価値になった。楽曲を聴くためではなく、推しメンに1票を入れるためにCDを買う行動が常態化した。次に、メンバーごとの「人気の数値化」が生まれた。ファンは順位という形で自分の推しを評価し、その順位を上げるという共同体験を持った。最後に、開票がフジテレビ・日本テレビの生放送になり、メディアイベント化した。
第1回の総投票数は約9万票。これが2014年の第6回には268万票に到達。1ファンが平均30票(=CD 30枚分)以上を投じる構造が確立した。
そして総選挙のフォーマットは、後に韓国の「Produce 101」シリーズ(IZ*ONE、X1等)へも影響を与えた。「ファン投票でデビューメンバーを決める」という仕組みを世界化したのはAKBの総選挙だった。
2011年は日本の音楽産業にとって絶望的な年だった。3月11日の東日本大震災で全ライブ・販促活動が停止し、CD売上は前年比マイナスが予測されていた。Spotifyはまだ日本に上陸しておらず、配信の売上も伸び悩む中、業界は「CD崩壊の加速」を覚悟していた。
そこに5月25日、AKB48の第21シングル「Everyday、カチューシャ」が発売された。初週売上133.4万枚。最終的に160.8万枚に達し、AKB48初のミリオンセラーとなった。
これは単なる1アーティストのヒットではなかった。第3回総選挙(6月9日開催)の投票券が封入されており、1人が複数枚購入することが確実だったからだ。同時期発売の「桜の木になろう」(94.3万枚)と合わせて、AKBだけで業界全体のCD売上を支える状況になった。
2011年通年のオリコン年間シングルランキングTOP10のうち、5曲がAKB48関連で占められた。CD産業はゆるやかな衰退を迎えていたが、AKBは「投票券封入の媒体としてのCD」という新たな存在意義を発明し、業界全体でCD流通を5-7年延命させた。
2014年5月25日、岩手県滝沢市の岩手産業文化センターで開催されたAKB48個別握手会で、メンバーの入山杏奈、川栄李奈、男性スタッフが暴漢にのこぎりで切りつけられ、全治数週間〜数ヶ月の重傷を負った。
加害者は「アイドルになりたかったが叶わなかった」「自分の存在を認めてもらいたかった」と動機を述べた。事件はAKBの「会いに行けるアイドル」モデルが内包する根本的リスクを露呈した。
事件後の対応として、全国握手会が数ヶ月停止し、金属探知機の導入とアクリル板越しの対面など握手会フォーマットの大幅見直しが行われた。警備費用は1イベントあたり数百万円増加し、利益率が低下した。
「物理接触」という商品の希少価値が増す一方で、安全対策で接触感覚は薄まるというジレンマが生まれた。後に運営は「2ショット撮影会」「ビデオ通話会」等のデジタル化を試みるが、根本的な解決にはならなかった。
2019年1月8日、NGT48(新潟拠点)のメンバー山口真帆(当時22歳)が、SHOWROOM配信とTwitterで「2018年12月8日に自宅マンションで男2人に襲撃された」と告白した。男たちは彼女の住所と帰宅時間を正確に知っており、情報漏洩にメンバー・運営が関与した疑いを山口本人が直接訴えた。
問題はその後の運営対応だった。NGT48運営(当時のAKS)は山口に十分な保護策を取らず、1月10日の劇場公演で山口本人に「ご迷惑をおかけしました」と公開謝罪させた。これがFacebook動画で全世界に広まり、CNN・The Guardian・BBCが「日本の被害者非難文化」として報道した。AKB運営の体質が国際的な批判を浴びた。
事件後、自民党参議院議員らが国会で「アイドル産業の労働環境改善」を議論。Change.orgの「NGT48運営責任者解任要求」署名が5.3万人に達した。2019年の選抜総選挙が中止となり、翌2020年1月にはAKSがAKBグループ運営から全面撤退を決断した。
この事件が示したこと:若年女性メンバーが過密スケジュール・過剰接触・非対称な力関係に晒される構造、ファンとの過剰接触が暴走するリスクを運営がコントロールできない現実、メンバーの安全よりグループのブランドイメージを優先する企業文化、の3点である。
2019年3月、AKSは「2019年の選抜総選挙を開催見送り」と公式発表した。第1回(2009年)以来、毎年欠かさず開催されてきた総選挙が初めて飛んだ。表向きの理由は「ファンの信頼回復のため」だが、実態はそれだけではなかった。
2018年の第10回総選挙は複数の問題を抱えていた。1位の松井珠理奈(SKE48)が体調不良で投票期間中・授賞式に休場しファンの怒りを招いたこと、投票総数の伸びが頭打ちになっていたこと、CD廃棄問題が国会答弁の対象になったこと、そして競合のK-POP(TWICE・BLACKPINK)が日本市場で急伸していたこと、の4点が重なっていた。
2020年1月20日、AKSはAKBグループ運営からの撤退を発表した。AKB48の運営は新会社「株式会社DH」に、HKT48は「Mercury」、NGT48は「Flora」に分社。AKS自身は「Vernalossom」に商号変更し、海外姉妹グループのみを運営。
しかし「AKB商法」は完全には消えなかった。握手券・投票券封入の仕組みはK-POPのフォトカード封入・ファンサイン会・ファン投票(Mubeat等)として進化。物理接触+総選挙的な順位戦は、世界のK-POP番組「Produce 101」「Idol」シリーズへ継承された。AKBは「ファンエコノミーの過剰設計と、その社会的反作用」をリアルタイムで検証した実験室として業界に記憶される。
2023年3月4日、AKB48は15年間所属していたKing RecordsからUniversal Music JapanのEMI Recordsレーベルに移籍すると発表した。
これはAKB48史で最も静かだが象徴的な転換点だった。King Records / You! Be Cool! レーベルは、AKBが無名から年商数百億円のIPに成長する全期間を共にしたパートナーだった。「AKB商法」の流通インフラを実装したのはKing Recordsの物理CD流通網だったからだ。
移籍の背景として、King Records側のアニメ事業注力(「鬼滅の刃」「呪術廻戦」などのサウンドトラックが収益主軸へシフト)とAKB側の売上規模縮小が重なった。姉妹グループのNMB48・HKT48・NGT48はすでにUniversal Music Japan系列であり、グループ統合のシナジーも狙っていた。
第61シングル「どうしても君が好きだ」(2023年4月26日)が新レーベル下の最初の作品。このシングルの初週売上は最盛期の1/5以下。商業的には「黄金期は完全に終わった」ことを数字で確認する作品となった。
しかしAKB48の活動自体は続いている。劇場公演は維持され、新メンバーオーディションも継続中。「ピークは過ぎたが、文化財として残るIP」へのソフトランディング期に入った。