1975年12月21日、東京・虎ノ門の日本消防会館に約700人と32サークルが集まった即売会が、世界最大規模の同人誌即売会へと成長。「中間業者を介さないクリエイター×ファン直接取引」をインターネット普及以前から実装した、現代クリエイターエコノミーの50年前の原型。
1975年12月21日、東京・虎ノ門の日本消防会館(旧)3階会議室で、約700人のアマチュア漫画愛好家が集まる小さなイベントが開催された。32の同人サークルがブースを構え、各々が自費制作した同人誌(コピー誌・オフセット印刷誌)を頒布し合う即売会だった。これが第1回コミックマーケット(通称コミケット、後のコミケ)である。当日は冬空の下、参加者の多くが20代の大学生・高校生で、男女比はほぼ半々(むしろ女性参加者がやや多かった)。会場内は熱気に包まれていたが、外部のメディア・出版社・社会一般からは完全に無視されていた。
1972年に手塚治虫の月刊『COM』(虫プロ商事)が休刊し、アマチュアの実験的・前衛的な漫画作品の発表の場が消失していた。1970年代前半、商業誌は『マガジン』『サンデー』『チャンピオン』『ジャンプ』の少年4誌が読者人気の数値主義(アンケート至上主義)に傾倒し、ギャグ・スポ根・恋愛などの定型的フォーマットが主流に。新人作家の作品発表の場は減少し、「商業ベースに乗らない実験的なマンガ表現」を発表できる「対抗的な場」を求める動きが広がった。
| 1975〜1979 | 日本消防会館 |
|---|---|
| 1980〜1981 | 板橋区立産業会館 |
| 1982〜1983 | 大田区産業会館 |
| 1984〜1995 | 晴海・東京国際見本市会場 |
| 1989〜1991 | 幕張メッセ(追放事件で離脱) |
| 1996〜現在 | 東京ビッグサイト |
1980年に米澤嘉博がコミケ準備会の第2代代表に就任(亜庭じゅんから引き継ぎ)、以後2006年まで26年間にわたって代表を務めた。米澤の指導下で「全員が参加者」「表現の自由を最大限尊重」「商業出版とは異なる場の維持」という3つの理念が確立され、現在に至るまでコミケの精神的支柱となっている。
コミケが世界に類を見ないのは、「商業出版社の管理下にないアマチュア創作の場」が50年間継続し、年に2回(夏・冬)の定期開催を維持してきた点である。コミケで発表される作品の多くは「二次創作」、つまり既存の商業マンガ・アニメ・ゲームのキャラクターを使った派生作品(パロディ・リミックス・恋愛もの・性的ファンタジー)である。法的には著作権侵害に該当する可能性があるが、原作者・出版社・コミケ準備会・参加サークルの「相互不干渉」の暗黙合意(黙認文化)の上で成立してきた。
この「黙認文化」が日本マンガの新人発掘パイプラインとして機能している。代表例:CLAMP(『東京BABYLON』『カードキャプターさくら』)、ゆうきまさみ(『機動警察パトレイバー』)、安彦良和(『ガンダム』)、緒方剛志(『ブギーポップ』)、九井諒子(『ダンジョン飯』)など。
| 同人誌市場規模(2022年) | 約880億円(矢野経済研究所推計) |
|---|---|
| コミケ単体の経済規模 | 1イベントあたり約150億円程度(夏・冬合算で約300億円) |
| 1人当たり平均消費額 | 1〜3万円(書籍・グッズ・コスプレ衣装・宿泊・交通含む) |
| 関連業界 | 同人誌印刷会社(栄光、緑陽社、ねこのしっぽ、おたクラブ等)、同人誌専門書店(コミックとらのあな、メロンブックス、まんだらけ)、同人誌通販プラットフォーム(DLsite、FANZA、BOOTH、FANBOX) |
1980年代のコミケで「キャラクターのコスプレで会場参加する」という文化が定着し、現在のコスプレ世界大会(World Cosplay Summit)の起源となった。また、女性参加者を中心にした男性キャラクター同士の恋愛を描く「やおい」「BL(ボーイズラブ)」ジャンルが発生・成長。1990年代以降、商業BL出版社(リブレ・幻冬舎コミックス・大洋図書等)が誕生し、現在では年間数百億円規模の独立ジャンルに発展。
コミケの「アマチュアが直接読者にコンテンツを売る」モデルは、後のPixiv(2007〜)、FANBOX(2018〜)、YouTube・ニコニコ動画のクリエイター直接収益化モデル、Substack型ニュースレター経済の精神的先駆けとして位置づけられている。「中間業者を介さないクリエイター×ファンの直接取引」という構造を、インターネット普及以前から実装していた点で、現代クリエイターエコノミーの50年前の原型と評価される。
1991年8月、第40回コミックマーケットを幕張メッセで開催する予定だったが、開催直前に幕張メッセ側から使用拒否が通告された。理由は「成人向け同人誌の流通が公的施設として不適切」。1989年の宮崎勤事件、1990〜1991年の「有害コミック騒動」(地方議員・PTA・婦人団体による成人向けマンガ規制運動)の流れで、公的施設がオタク文化と距離を置く動きが強まったのが背景。
コミケ準備会は急遽、晴海・東京国際見本市会場での開催に切り替え、第40回を辛うじて維持。米澤嘉博は1991年に成人向け頒布物の年齢確認制度・ゾーニング制度を導入し、自主規制の枠組みを業界標準化。
1999年1月13日、京都府警生活環境課が福岡市の女性同人作家を著作権法違反(複製権侵害)で逮捕。コミケ等で頒布していたピカチュウ・サトシ等のポケモンキャラクターを使った成人向け二次創作同人誌に対し、著作権者の任天堂・小学館・クリーチャーズの3社が告訴したことによる。日本における二次創作同人誌の著作権法違反摘発の最初期の象徴的事件。
逮捕された作家は不起訴処分(罰金)で処理されたが、コミケ準備会は「成人向け二次創作の取り扱いに関するガイドライン強化」「キャラクター原作者・出版社との対話強化」を進めた。任天堂は以後、同社IPの二次創作については「明確に禁止せず、違法性が高いものに限って摘発」というスタンスを継続。
2020年5月開催予定だったコミックマーケット98が、新型コロナウイルス感染拡大により史上初の中止に追い込まれた。コミケ史上、第1回(1975年)以来、自然災害(東日本大震災時すら開催)でも欠かさなかった定期開催の慣行が破られた。続く2020年12月の99も延期、2021年5月もさらに延期。最終的に2021年12月30〜31日に縮小開催(1日5万5,000人、合計11万人、ワクチン・検査パッケージ導入)として復活。
1990年代以降、コミケで人気サークルの同人誌を大量に買い占め、ヤフオク等で転売して利益を得る「同人ゴロ」(または「転売ヤー」)の存在が深刻化。サークル側はファンに行き渡らず、転売価格は定価の数倍〜10倍に跳ね上がる事態が頻発。コミケ準備会は2010年代以降、入場時間管理・抽選制サークル参加・公式オンラインショップ連携などで対応を強化したが、完全な解消には至っていない。
出典: コミックマーケット - Wikipedia / ORICON NEWS「コミケの父が残した理念 多様性を求め、認めること」 / 政府広報オンライン HIGHLIGHTING Japan「世界最大規模のマンガ同人誌の祭典」 / Anime News Network「Comic Market 97 Sets New Record with 750,000 Attendees」 / Guinness World Records「Largest comics festival」 / 東京新聞「オタクバッシングに続き有害コミック騒動 コミケ存亡の危機」 / 明治大学 米沢嘉博記念図書館